はじめに:10年経って、何が残ったか
エンジニアを10年続けてきた。
新しい言語を覚えた。フレームワークを使いこなせるようになった。設計ができるようになった。チームをリードするようになった。
でも、ふと思う。
「自分は幸せなのだろうか?」
若い頃は、技術力を上げることが全てだった。年収を上げることが成功だと思っていた。有名企業に入ること、肩書きを得ることが目標だった。
そして、ある程度それを手に入れた今、なぜか心が満たされない。
この記事は、そんな10年目以降のエンジニアに向けて書きます。
エンジニアとしての「幸福」とは何か。 そして、これからの人生で本当に大切にすべきことは何か。
第1章:私たちが追いかけてきたもの
技術力という幻想
20代の頃、技術力こそが全てだと思っていた。
- もっと難しい技術を覚えなければ
- あの人より優れていなければ
- 最新のトレンドについていかなければ
常に「足りない」という感覚があった。どれだけ学んでも、上には上がいる。新しい技術が次々と出てくる。終わりのないレースを走っているようだった。
10年経って気づいたこと:
技術力の競争に「ゴール」はない。
そして、技術力だけでは幸せになれない。
年収という麻薬
年収が上がると、最初は嬉しい。でも、すぐに慣れる。
年収400万 → 500万:「やった!」
年収500万 → 700万:「これで安心」
年収700万 → 1000万:「もっと上がるはず」
年収1000万 → ???:「...で、次は?」
これを心理学では「ヘドニック・トレッドミル(快楽の踏み車)」と呼ぶ。
収入が増えても、幸福度は一定以上上がらない。生活水準が上がり、期待値が上がり、また「足りない」と感じる。
年収は、ある水準を超えると幸福度との相関が薄くなる。
研究によると、その水準は年収約75,000ドル(約1,000万円)程度と言われている。それ以上は、年収が増えても幸福度はあまり上がらない。
肩書きという虚構
「シニアエンジニア」「テックリード」「CTO」
肩書きを手に入れると、一時的に承認欲求が満たされる。でも、すぐに次が欲しくなる。
そして気づく。
肩書きは、他人から見た自分でしかない。
自分が自分をどう思うかとは、別の話だ。
CTOになっても自己肯定感が低い人はいる。肩書きがなくても、自分の仕事に誇りを持っている人はいる。
第2章:幸福の科学が教えてくれること
心理学や行動経済学の研究から、幸福についていくつかのことが分かっている。
幸福の3つの要素
ポジティブ心理学の創始者マーティン・セリグマンは、幸福を3つの要素に分解した:
1. 快楽(Pleasure)
→ 美味しいものを食べる、楽しいことをする
→ 短期的だが、すぐに消える
2. 没頭(Engagement)
→ 時間を忘れて何かに集中する
→ フロー状態、深い満足感
3. 意味(Meaning)
→ 自分より大きな何かに貢献している感覚
→ 持続的な充実感
エンジニアとして考えると:
- 快楽:新しいガジェットを買う、美味しいものを食べる
- 没頭:難しい問題を解いている時、コードを書いている時
- 意味:自分のプロダクトがユーザーの役に立っている感覚
快楽だけを追い求めても、幸福にはならない。没頭と意味が、持続的な幸福には必要だ。
「比較」が幸福を奪う
人間は、他者と比較する生き物だ。
あの人は自分より技術力がある
あの人は自分より年収が高い
あの人は自分より若くして成功している
SNSは、この「比較地獄」を加速させる。
他人のハイライトと、自分の日常を比べてしまう。そして、常に「自分は足りない」と感じる。
比較をやめることが、幸福への第一歩。
あなたのキャリアは、他の誰とも比べられない。あなただけのものだ。
「持つこと」より「すること」
研究によると、モノを買うより、体験にお金を使う方が幸福度が高い。
❌ 高いPCを買う → 一時的な喜び → 慣れる → 次が欲しくなる
⭕ 旅行に行く → 体験 → 記憶 → 時間が経つほど美化される
エンジニアとして言えば:
❌ 最新の技術を「知っている」こと
⭕ その技術で「何かを作った」こと
知識を持っていることより、何かを生み出すことの方が、深い満足感を得られる。
第3章:10年目のエンジニアが陥る罠
罠1:「まだ足りない」症候群
10年やっても、自分に自信が持てない。
「自分はまだまだだ」
「あの人に比べたら全然」
「本当のエンジニアはもっとすごい」
これは「インポスター症候群」と呼ばれる。
実際には十分な能力があるのに、自分を過小評価してしまう。成功しても「運が良かっただけ」「周りが助けてくれただけ」と思ってしまう。
事実:10年続けられた時点で、あなたは十分にすごい。
ほとんどの人は、エンジニアを10年続けられない。途中でキャリアチェンジする人、業界を離れる人、燃え尽きる人。
10年間、学び続け、成長し続け、価値を生み出し続けてきた。それだけで、あなたは胸を張っていい。
罠2:「次のステージ」幻想
「今の環境を変えれば、幸せになれる」と思ってしまう。
「転職すれば」
「マネージャーになれば」
「起業すれば」
「FIREすれば」
でも、環境を変えても、自分自身は変わらない。
不満の原因が自分の中にあるなら、どこに行っても同じ不満を感じる。
幸せは「次のステージ」にあるのではなく、今この瞬間にある。
罠3:「若い頃に戻りたい」ノスタルジー
「20代の頃はよかった」
「昔はもっと楽しかった」
「体力があった頃に戻りたい」
過去を美化し、今を否定する。
でも、20代の頃は20代の頃で、別の悩みがあったはずだ。「スキルがない」「経験がない」「認められない」。
今のあなたには、20代にはなかったものがある。
経験、判断力、人脈、そして「何が大切か」を見極める目。
罠4:「技術だけ」の人生
コードを書くことが好きで、エンジニアになった。
でも、いつの間にか、コード以外の人生がなくなっていた。
友人と会わなくなった
趣味がなくなった
家族との時間が減った
健康を後回しにした
技術は人生の一部であって、人生そのものではない。
技術だけに没頭した結果、人生が空っぽになっていないか?
第4章:本当に大切な5つのこと
10年以上のキャリアを経て、私が本当に大切だと思うようになったことを共有する。
1. 健康を最優先にする
これが全ての土台になる。
若い頃:健康は当たり前、いくらでも無理できる
10年後:健康は有限、一度失うと戻らない
- 睡眠時間を削らない
- 定期的に運動する
- 目と腰を大切にする
- メンタルヘルスを軽視しない
どんなに優れた技術力も、健康を失ったら発揮できない。
「忙しいから」は言い訳にならない。健康を維持することも、仕事の一部だと考える。
2. 人間関係を大切にする
ハーバード大学が75年以上かけて行った「成人発達研究」によると、**幸福と健康を最も左右するのは「良好な人間関係」**だった。
年収でも、社会的地位でも、知名度でもない。
大切にすべき関係:
- 家族、パートナー
- 長年の友人
- 信頼できる同僚
- メンター、メンティー
仕事に没頭するあまり、人間関係を疎かにしていないか?
技術は10年で陳腐化するが、人間関係は一生続く。
3. 「意味」を見出す
自分の仕事に「意味」を感じられるかどうかは、幸福度に大きく影響する。
意味を感じる状態:
- 自分のプロダクトが誰かの役に立っている
- チームに貢献している
- 後輩の成長を助けている
- 社会にポジティブな影響を与えている
毎日のコードが、どこかの誰かの生活を少し良くしている。その繋がりを意識できると、仕事に対する見方が変わる。
「何のために」を問い続ける。
4. 「没頭」できる時間を持つ
エンジニアにとって、フロー状態に入る時間は貴重だ。
フロー状態の特徴:
- 時間を忘れる
- 自意識がなくなる
- 作業自体が報酬になる
- 高い集中と充実感
会議、Slack、割り込み。現代の仕事環境は、フロー状態を妨げるものだらけだ。
意識的に「没頭できる時間」を確保する。朝の2時間、夜の1時間、週末の半日。
没頭する時間は、自分で守らないと誰も守ってくれない。
5. 「成長」を実感する
人間は、成長を実感する時に幸福を感じる。
でも、10年もやっていると、成長を実感しにくくなる。
20代の成長:目に見える(できなかったことができるようになる)
30代の成長:目に見えにくい(判断力、視野、深み)
成長は続いている。ただ、測り方が変わっただけだ。
新しい成長の指標:
- 難しい問題に対するアプローチの幅
- 若い人を導く力
- 不確実性への耐性
- 本質を見抜く目
成長の定義を更新する。そして、自分の成長を認める。
第5章:幸福のための具体的な習慣
毎日やること
朝:
- 感謝することを3つ書く
- 今日の最優先タスクを1つ決める
- 5分でいいから体を動かす
夜:
- 今日良かったことを振り返る
- 明日楽しみなことを1つ考える
- デバイスを寝室に持ち込まない
毎週やること
- 大切な人と過ごす時間を確保する
- 没頭できる趣味の時間を持つ
- 自然の中で過ごす時間を作る
- 振り返りの時間を取る
毎月やること
- 「本当にやりたいこと」を問い直す
- 人間関係の棚卸しをする
- 新しい体験をする
- 自分の成長を振り返る
やめること
- SNSでの比較
- 完璧主義
- 他人の期待に応えようとすること
- 「忙しい」を言い訳にすること
- 健康を後回しにすること
第6章:キャリアの再定義
「成功」の定義を変える
20代の成功の定義:
- 有名企業に入る
- 高い年収を得る
- 技術力で認められる
- 肩書きを得る
10年目以降の成功の定義:
- 自分の価値観に沿った仕事をしている
- 人間関係が充実している
- 健康でいられる
- 成長を実感できる
- 意味を感じられる
成功とは、他人が決めるものではない。自分が決めるもの。
「理想のキャリア」という幻想
「5年後にこうなっていたい」「10年後にはこのポジションに」
キャリアプランを立てること自体は悪くない。でも、計画通りにいかなくても、それは失敗ではない。
事実:
- 10年前に今を予測できた人はいない
- これから10年も予測できない
- 計画より、適応力の方が大切
キャリアは、計画するものではなく、歩んでいくもの。
予期せぬ出会い、予期せぬ機会、予期せぬ転機。それらを受け入れ、活かしていく柔軟性が大切だ。
「引き際」も考える
エンジニアとして一生働く必要はない。
選択肢:
- ずっと技術を続ける
- マネジメントに移行する
- 違う業界に行く
- 教育や執筆に軸足を移す
- 完全に違うことをする
どれを選んでも正解。大切なのは、自分で選ぶこと。
「こうあるべき」に縛られず、自分の人生を自分で決める。
第7章:後輩に伝えたいこと
10年以上のキャリアを持つ私たちには、後輩に伝える責任がある。
技術より大切なことがある
技術力は大切。でも、それだけでは幸せになれない。
人間関係を大切に。健康を大切に。自分の時間を大切に。
比較をやめろ
あの人より優れている必要はない。
自分のペースで、自分の道を歩けばいい。
完璧を目指すな
完璧なコードより、動くコード。
完璧なキャリアより、自分らしいキャリア。
休むことを覚えろ
燃え尽きてからでは遅い。
休むことも、仕事のうち。
長く続けることを目指せ
短期間で燃え尽きるより、長く続けた方がいい。
10年、20年、30年と続けるために、ペース配分を考えろ。
第8章:「幸福なエンジニア」の姿
最後に、私が思う「幸福なエンジニア」の姿を描いてみる。
朝
目覚ましが鳴る前に、自然と目が覚める。
今日も仕事がある。でも、嫌な気持ちはない。むしろ、少し楽しみだ。
ゆっくりコーヒーを淹れて、窓の外を見る。天気がいい。
午前
チームのスタンドアップが終わり、自分のタスクに集中する。
2時間、誰にも邪魔されずにコードを書く。気づいたら昼だった。
「いいコードが書けた」という静かな満足感がある。
午後
若い人からの質問に答える。説明しながら、自分も学び直している感覚がある。
「ありがとうございます、分かりました!」という言葉に、少し嬉しくなる。
夕方
定時で仕事を終える。残業はしない。
「明日やればいい」と思える余裕がある。
夜
家族と夕食を食べる。今日あったことを話す。
子供が笑っている。パートナーがリラックスしている。
自分も、リラックスしている。
週末
好きなことをする時間がある。
コードを書きたければ書く。本を読みたければ読む。何もしたくなければ、何もしない。
自分の時間を、自分でコントロールしている感覚がある。
これが、私が思う「幸福なエンジニア」の姿だ。
派手ではない。ドラマチックでもない。
でも、穏やかで、持続可能で、自分らしい。
まとめ:幸福は「状態」ではなく「選択」
エンジニアとしての幸福とは何か。
10年以上考えてきて、今の私の答えはこうだ:
幸福は、「何かを達成した状態」ではない。
年収1000万になれば幸せになれる、わけではない。 CTOになれば幸せになれる、わけではない。 FIREすれば幸せになれる、わけではない。
幸福は、「日々の選択」の積み重ねだ。
今日、健康的な食事をするか。 今日、大切な人と過ごすか。 今日、意味のある仕事をするか。 今日、自分を責めすぎないか。 今日、感謝の気持ちを持てるか。
幸福は、「足りない」を追いかけることではない。
もっと技術力が欲しい、もっと年収が欲しい、もっと認められたい。
その「もっと」を追いかけ続けても、永遠にゴールには着かない。
幸福は、「今あるもの」に気づくことだ。
10年間、エンジニアを続けてこられた。 一緒に働く仲間がいる。 自分のスキルで価値を生み出せる。 今日も健康で生きている。
それだけで、十分にありがたいことだ。
最後に
この記事を読んでいるあなたへ。
10年以上、エンジニアを続けてきたあなたは、十分にすごい。
もし今、「幸せじゃない」と感じているなら、それは何かが足りないからではない。すでにあるものに、気づいていないだけかもしれない。
技術力、年収、肩書き。それらは大切だ。でも、それだけでは幸せにはなれない。
健康、人間関係、意味、没頭、成長。
これらを大切にすることで、持続可能な幸福を手に入れられる。
明日も、あなたがエンジニアとして幸せに働けますように。
そして、10年後も、20年後も、あなたがコードを書くことを楽しんでいますように。
今日も一日、お疲れさまでした。
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