はじめに:あなただけじゃない
深夜2時、本番環境で作業中。
「あれ、なんか様子がおかしい…」
画面を見て、血の気が引く。
やってしまった。
この記事を読んでいるあなたは、もしかしたら今まさに「やらかした直後」かもしれません。あるいは、過去のミスを引きずっているのかもしれません。
最初に伝えたいことがあります。
あなただけではありません。
私も、あなたの上司も、あのすごいエンジニアも、みんな何かしらやらかしています。本番DBを吹き飛ばした人、顧客にテストメールを10万通送った人、rm -rf を間違えた人、デプロイで全ユーザーをログアウトさせた人。
そして、今この記事を読んでいるあなたは、すでに正しい行動を取っています。逃げずに、向き合おうとしている。それだけで、あなたは十分に強い。
この記事では、やらかした時のメンタルの守り方と、そこから健康的に回復する方法を書きます。読み終わる頃には、少しだけ心が軽くなっていることを願って。
第1章:やらかした直後の心理状態
パニック期(発生直後〜数時間)
脳内:
「やばいやばいやばい」
「どうしようどうしようどうしよう」
「終わった...全部終わった...」
「クビになる」
「訴えられる」
「逃げたい」
この時期、脳は「戦うか逃げるか」モードになっています。冷静な判断ができなくなるのは、人間として正常な反応です。
自責期(数時間〜数日)
脳内:
「なんであんなことしたんだろう」
「確認すればよかった」
「自分はエンジニアに向いてない」
「みんなに迷惑かけた」
「あの時ああしていれば...」
何度も同じ場面がフラッシュバックする。寝ても覚めてもそのことを考えてしまう。
抑うつ期(数日〜数週間)
脳内:
「仕事に行きたくない」
「コードを書くのが怖い」
「また失敗したらどうしよう」
「自分には価値がない」
ミスの大きさによっては、この状態が長く続くこともあります。
これは「正常な反応」です
ここで覚えておいてほしいのは、これらすべての感情は正常な反応だということです。
あなたの脳は、あなたを守ろうとしています。「危険なことをした」という警告を発して、同じミスを繰り返さないようにしている。それは生存本能であり、あなたが壊れているわけではありません。
辛いのは、あなたがちゃんと仕事を大切にしている証拠。どうでもいいと思っていたら、こんなに苦しくならない。
苦しいのは、あなたが真剣だから。それ自体は、とても尊いことです。
第2章:まずやるべきこと(行動編)
メンタルを守るためには、まず状況を安定させる必要があります。
1. 深呼吸する(本当に)
馬鹿にしているわけではありません。パニック状態では、呼吸が浅くなり、さらに判断力が落ちます。
4秒吸う → 4秒止める → 4秒吐く
これを3回繰り返す
2. 報告する
隠すと100倍悪くなります。
「怒られるから」「評価が下がるから」という理由で隠したくなる気持ちは分かります。でも、隠蔽は必ずバレます。そしてバレた時、ミスそのものより「隠した」ことが問題になります。
報告のテンプレート:
1. 何が起きたか(事実)
2. いつ起きたか
3. 影響範囲
4. 現在の状況
5. 自分が今やっていること
「すみません、○○で△△が起きました。現在□□の状態です。今、××を試しています。」
これだけでいい。言い訳は後。まず報告。
3. 助けを求める
「自分でなんとかしなきゃ」は危険な考えです。
- 一人で抱えるとミスが連鎖する
- 視野が狭くなっている状態では解決策が見えない
- チームで対応した方が早い
「助けてください」は弱さではなく、正しい判断です。
むしろ、「助けてください」と言えるエンジニアは強い。自分の限界を知っていて、チームの力を信じている。それは成熟の証です。
一人で全部抱え込んで潰れてしまうより、周りを頼って一緒に解決する方がずっといい。あなたが倒れたら、チームはもっと困る。自分を大切にすることは、チームを大切にすることでもあるのです。
4. 記録を取る
後で振り返るために、起きたことを記録しておきます。
- 何時に何をしたか
- どんなエラーが出たか
- 誰に連絡したか
これは自分を守るためでもあります。後から「あの時なぜそうしたの?」と聞かれた時に、記録があれば説明できます。
第3章:やってはいけないこと
❌ 証拠を消す
ログを消す、履歴を消す、なかったことにする。これは絶対にやってはいけません。
- 原因究明ができなくなる
- 再発防止ができなくなる
- 発覚した時に「隠蔽」として処分対象になる
❌ 一人で抱え込む
「自分のミスだから自分で直さなきゃ」は美学ではなく、リスクです。
- 判断力が落ちている状態で作業すると二次災害が起きる
- 時間がかかるほど被害が拡大する
- 周りは「なぜ早く言わなかった」と思う
❌ 犯人探しを始める
「あいつがあの時こう言わなければ」「レビューで見逃したあの人のせい」
気持ちは分かります。でも、今それをやっても状況は良くなりません。振り返りは落ち着いてから。
❌ SNSに書く
「やらかした…」「本番DB消した…」
気持ちを吐き出したいのは分かります。でも、これは:
- 会社の信用問題になる可能性がある
- スクショされて永遠に残る
- 顧客や関係者が見ているかもしれない
愚痴は、信頼できる友人に口頭で。
第4章:メンタルを守る考え方
「失敗 = 悪」ではない
日本の教育では「失敗してはいけない」と教えられがちです。でも、エンジニアリングの世界では:
失敗しないことより、失敗から早く回復することが大切
これを「レジリエンス」と呼びます。
Netflixには「Chaos Monkey」という、本番環境をわざと壊すツールがあります。わざと障害を起こして、復旧の練習をしているのです。
失敗は「起きるもの」として織り込まれているのが、成熟した組織です。
「あなた」と「あなたの行動」を分ける
❌「私はダメな人間だ」
⭕「私はミスをした。でも私の価値は変わらない」
ミスをしたことと、あなたの人間としての価値は別の話です。
優秀なエンジニアも、尊敬される上司も、みんなミスをします。ミスをしない人間はいません。
これは心理学で「認知の歪み」と呼ばれるものです。一つの失敗を、自分の全人格の否定に拡大してしまう。でも、よく考えてみてください。
あなたは昨日まで、ちゃんと仕事をしてきた。何十、何百というタスクをこなしてきた。チームに貢献してきた。その実績が、一つのミスで消えるわけがない。
あなたの価値は、最後のミスではなく、積み重ねてきた全体で決まるのです。
「運が悪かった」も認める
もちろん、防げたミスはあります。でも、同時に:
- 今まで1000回同じ操作をして問題なかった
- たまたまタイミングが悪かった
- 複数の要因が重なった
という側面もあるはずです。
100%自分のせいだと思わなくていい。 でも、0%自分のせいだとも思わない。バランスが大切です。
「評価が下がる」は本当か?
「これでクビだ」「昇進はなくなった」と思うかもしれません。
でも、多くの場合:
- 1回のミスでクビになることは稀(よほど悪質でない限り)
- 評価は長期的な貢献で決まる
- ミスへの対応が誠実なら、むしろ信頼されることもある
「この人は失敗した時にこういう対応をする人だ」 という評価の方が、長期的には重要です。
あなたを責めている人は、思ったより少ない
「みんなに迷惑をかけた」「みんな怒っているに違いない」
そう思うかもしれません。でも、実際には:
- ほとんどの同僚は「大変だったね」と思っている
- 障害対応を経験した人ほど、あなたの気持ちが分かる
- むしろ「次は自分かもしれない」と思っている
あなたを責めている最大の人物は、あなた自身です。
他の人はそこまで気にしていない。いや、気にしていないというより、理解している。エンジニアなら誰もが「いつか自分もやるかもしれない」と思っているから。
第5章:回復のプロセス
ステップ1:物理的に休む
障害対応が終わったら、まず休んでください。
- 深夜対応したなら、翌日は休む or 遅く出社
- 週末にかかったなら、代休を取る
- 「大丈夫です」と無理しない
アドレナリンが出ている間は動けますが、それが切れた時にどっと疲れが来ます。
休むことに罪悪感を持たないでください。
「迷惑をかけたのに休むなんて」と思うかもしれません。でも、疲れた状態で仕事を続けると、判断力が落ちて別のミスを起こすリスクが上がります。
休むことは、次のミスを防ぐための「仕事」でもあるのです。
今日はもう寝てください。温かいものを飲んで、布団に入って、目を閉じてください。明日のことは明日考えればいい。
ステップ2:振り返りをする(ポストモーテム)
落ち着いたら、振り返りをします。これは「反省会」ではなく「学習の機会」です。
良いポストモーテムのポイント:
✅ 個人を責めない
✅ 「なぜ」を5回繰り返す
✅ システム・プロセスの改善に焦点を当てる
✅ 再発防止策を具体的にする
例:
なぜ本番DBを消した?
→ 本番と開発を間違えた
→ なぜ間違えた?
→ 見た目が同じだった
→ なぜ同じだった?
→ 区別する仕組みがなかった
→ 【対策】本番環境のプロンプトを赤くする、確認ダイアログを入れる
「気をつける」「注意する」は対策ではありません。仕組みで防ぐことが大切です。
ステップ3:成功体験を積む
大きなミスの後は、自信を失っています。それを回復するには、小さな成功体験を積むことが有効です。
- 簡単なタスクを確実にこなす
- コードレビューで丁寧にフィードバックする
- ドキュメントを整備する
「自分はちゃんとできる」という感覚を取り戻していきます。
ステップ4:時間を味方にする
時間が解決することもあります。
1週間後、1ヶ月後、1年後。あの時は世界が終わったと思ったミスも、振り返れば「あんなこともあったな」になります。
「今は辛いけど、いつか笑い話になる」と思えると、少し楽になります。
ステップ5:自分を労う
ここまで頑張ってきた自分を、ちゃんと労ってあげてください。
「障害対応、大変だったね」
「報告できた自分、偉いね」
「なんとか乗り越えた」
「今日も生きてる」
誰も言ってくれないなら、自分で自分に言っていい。恥ずかしいことじゃない。
あなたは、辛い経験をして、それでも逃げずに向き合った。それだけですごいことです。
美味しいものを食べてください。好きな映画を観てください。湯船に浸かってください。自分を大切にする時間を、意識的に作ってください。
第6章:組織としての対応
もしあなたがマネージャーやリーダーなら、メンバーがやらかした時の対応も重要です。
やるべきこと
✅ まず状況を把握する(責めない)
✅ 「大丈夫、一緒に対応しよう」と伝える
✅ 対応を分担する(一人に背負わせない)
✅ 対応後に休ませる
✅ ポストモーテムは「学習の場」にする
やってはいけないこと
❌ 「なんでこんなことしたの?」と責める
❌ 「自分で直して」と突き放す
❌ みんなの前で叱責する
❌ 人事評価をちらつかせる
❌ 再発防止策を「気をつける」で終わらせる
失敗を責める文化では、失敗が隠されるようになります。そして、隠された失敗は、より大きな問題になって爆発します。
Googleの研究では、心理的安全性(失敗しても責められないという安心感)が高いチームほど、パフォーマンスが高いことが分かっています。
第7章:長期的なメンタルヘルス
定期的にログオフする
エンジニアは「常に繋がっている」状態になりがちです。
- Slackの通知が気になる
- 障害が起きてないか気になる
- 土日もコードのことを考えている
意識的に「完全に仕事から離れる時間」を作ってください。
完璧主義を手放す
「バグを出してはいけない」「障害を起こしてはいけない」という考えは、自分を追い詰めます。
現実:
- どんなソフトウェアにもバグはある
- どんなシステムにも障害は起きる
- 完璧なエンジニアはいない
**「完璧を目指す」のではなく「失敗した時に早く回復できる状態を目指す」**方が健全です。
相談できる人を持つ
一人で抱え込まないために、相談できる相手を持っておくことが大切です。
- 社内のメンター
- 社外のエンジニア仲間
- カウンセラー、産業医
「こんなことで相談していいのかな」と思わなくて大丈夫です。それが彼らの仕事です。
「辞めたい」と思った時
大きなミスの後、「もうエンジニア辞めたい」と思うことがあります。
その気持ちは否定しません。でも、辞めるかどうかの判断は、落ち着いてからにしてください。
- 障害対応中に決断しない
- 睡眠不足の時に決断しない
- 1ヶ月経ってからもう一度考える
感情が落ち着いた状態で、それでも辞めたいなら、それも一つの選択です。
「自分だけがダメ」は錯覚
SNSを見ると、みんなキラキラして見える。成功事例ばかりが目に入る。
でも、実際には:
- 成功している人も、たくさん失敗している
- 失敗はあまり公開されない
- 見えているのは「ハイライト」だけ
あなたの裏側と、他人のハイライトを比べないでください。
あなたが今見ている「すごいエンジニア」も、初めてのデプロイでサービスを落としたことがあるかもしれない。本番環境でDELETE文を打って青ざめたことがあるかもしれない。
みんな、同じ道を歩いてきた。あなただけが特別にダメなわけじゃない。
第8章:失敗から学んだこと(実例)
事例1:本番DBのテーブルをDROP
何が起きたか:
開発環境と思って DROP TABLE したら本番だった
その時の気持ち:
「人生終わった」「明日から来なくていいかも」
実際どうなったか:
- バックアップから3時間でリストア
- 上司は「大変だったね」と言ってくれた
- 本番環境の識別強化が実施された
- 1年後には笑い話になった
事例2:顧客に誤ったメールを大量送信
何が起きたか:
テストのつもりが本番のメールサーバーに接続していた
その時の気持ち:
「顧客全員に謝らなきゃ」「損害賠償?」
実際どうなったか:
- 謝罪メールを送信
- クレームは予想より少なかった
- メール送信の確認フローが強化された
- その後の信頼回復に注力した
事例3:デプロイで全ユーザーをログアウト
何が起きたか:
セッション管理の変更で、全ユーザーのセッションが無効化
その時の気持ち:
「何万人に影響が...」「Twitterで炎上する」
実際どうなったか:
- 30分で修正デプロイ
- 一部ユーザーから問い合わせはあったが、炎上はしなかった
- ステージング環境での確認項目が追加された
- 「あの時は焦ったね」という話になった
共通点:思ったより世界は終わらなかった。
事例4:深夜の緊急対応で二次障害
何が起きたか:
障害対応中、焦って別の設定を壊してしまった
その時の気持ち:
「最悪だ」「もう何も触れない」「全部自分のせいだ」
実際どうなったか:
- チームが駆けつけてくれた
- 「焦るよね、分かるよ」と言ってもらえた
- 深夜対応のルールが見直された
- 一人で対応させない体制になった
事例5:顧客データを誤って公開
何が起きたか:
ステージング環境のつもりで公開設定をした
その時の気持ち:
「人生終わった」「逮捕される?」「賠償金いくら?」
実際どうなったか:
- すぐに検知されて30分で非公開に
- 影響範囲の調査、顧客への報告を実施
- 上司は「初動対応、良かったよ」と言ってくれた
- セキュリティレビュー体制が強化された
- 3ヶ月後には「あれがあったから今の体制がある」と言われた
これらの事例に共通しているのは:
- 最悪の想像は現実にならなかった
- 周りの人は思ったより優しかった
- 仕組みの改善につながった
- 時間が経てば乗り越えられた
あなたの今の状況も、きっと同じです。
第9章:まとめ
やらかした時に思い出してほしいこと
-
あなただけではない
- みんな何かしらやらかしている
- 失敗しないエンジニアはいない
-
隠すより報告
- 隠蔽は100倍悪くなる
- 早く報告すれば早く解決する
-
助けを求める
- 一人で抱えない
- 「助けて」は正しい判断
-
あなたの価値は変わらない
- ミスとあなたの人格は別
- 長期的な信頼で挽回できる
-
時間が解決することもある
- 1年後には笑い話になる
- 今は辛くても、必ず回復する
最後に
エンジニアとして働く限り、失敗は避けられません。
大切なのは、失敗しないことではなく、失敗した時にどう対応するかです。
- 正直に報告する
- チームで対応する
- 仕組みで再発を防ぐ
- 自分を責めすぎない
- 休む時は休む
これができれば、どんな失敗からも回復できます。
あなたは、一つの失敗で価値がなくなるような存在ではありません。
今日も明日も、健康的に働き続けられますように。
第10章:今、この記事を読んでいるあなたへ
最後に、今この記事を読んでいるあなたに、直接伝えたいことがあります。
今日、一日頑張りましたね。
やらかしたかもしれない。怒られたかもしれない。自分を責めているかもしれない。
でも、あなたは逃げずにここまで読んでくれた。どうすればいいか、必死に探している。それだけで、あなたは十分に強い。
あなたは、ダメな人間じゃない。
ミスをしたことと、あなたの価値は別の話です。
あなたがこれまで積み重ねてきた努力、学んできたこと、助けてきた人たち。それは一つのミスで消えたりしない。
明日は、今日より少しだけ楽になる。
今は胸が苦しくて、何も考えられないかもしれない。
でも、人間の心には回復力がある。時間が経てば、少しずつ楽になる。それは確かなことです。
今日は、自分を責めるのをやめて、温かいものを飲んで、早めに寝てください。
あなたの隣にも、同じ経験をした人がいる。
この記事を読んでいる人は、あなただけじゃない。今まさにやらかして落ち込んでいる人、過去のミスを引きずっている人、これから起きるかもしれないミスを恐れている人。
みんな同じ。みんな、不安を抱えながら、それでも前に進もうとしている。
あなたは、一人じゃない。
そして最後に。
この記事を読んで、少しでも心が軽くなったなら、それはあなた自身の力です。
回復しようとする力が、あなたの中にある。前を向こうとする意志が、あなたの中にある。
大丈夫。あなたは、大丈夫。
今夜、ゆっくり休んでください。明日、また一歩だけ進めばいい。
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